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2008年3月15日 (土)

今日の一枚 2

先日紹介したスタンダーズのライヴと時を同じくして購入したアルバム。それが「パット・メセニー・グループ/ファースト・サークル」です。スタンダー・ライヴを聴き、大きな失望に包まれたことは先に書きましたが、すっかりそれを帳消しにしてくれたのが、同時に買ったこの偉大なアルバムです。

何といっても分かりやすく明快。白いジャケットそのままの爽やかな音楽にすぐさま魅了されました。ふと自分の歴史を振り返ってみて、現在までこれほど聞いたアルバムは他にありません。そしてこの音楽すべてが、若い日々の情景に見事に結びついているのです。

ポータブル・プレイヤーといえばウォークマンだったあの時代、高校への自転車通学の行きかえりに繰り返し繰り返し聴いたこの音楽は、懐かしい通学路の田園風景にしっかりと結びついています。さらに、このアルバムに結びついた風景は、当時青春18切符を片手に何度も普通電車で往復した岡山東京間の風景だったり、成人してからは車で往復した東名高速の風景だったり、とにかくこのアルバムは自分の思い出の場面場面と、たくさん結びついているのです。

アルバム自体のクオリティの高さもさることながら、このアルバムが教えてくれたのが、「音楽」と「風景」の類まれな邂逅です。自分がそのとき置かれていた環境や空間とそのとき聴いていた音楽が、こんなにもしっかりとリンクしてっていたという事実に少し驚きを覚えます。何年もたった後に、音楽を聞くだけで当時の光景が鮮明に甦ってくるくらい、音楽と風景や心象が強く触れ合っていたのです。

そのころ一人きりで十数時間電車に揺られること自体は決して苦ではありませんでしたが、その旅をさらに盛り上げてくれたのがこの発見でした。むしろ、音楽を聴くために旅行をするといっても過言ではありません。そして、すこし「おたく」っぽいのですが、音楽と風景の完璧な融合を求めて、長距離列車の中で様々な選曲を試みるという、めくるめく実験の日々が始まりました。

いろいろな場所に出かける前に時刻表をしっかりチェックして、ポイントになりそうな場所の通過時刻を確認します。そして、その場所に合っていそうな音楽を拾い出し、トラックの演奏時間を計算して、クライマックスを最良の風景にもってゆくように細密に計算します。それが実際の旅程でぴたっと壺にはまった瞬間の心地よさときたら、筆舌に尽くしがたいものがあります。

多くの旅の場面で、「ファースト・サークル」は恐るべき威力を発揮します。というのも、日本全国ほとんどの田園風景にぴったりマッチしてしまいますから。まさに鉄板中の鉄板。このアルバムは、田舎であればどんな場所でもことごとくその風景の一部と化してしまいます。もっともこれは、「パット・メセニー・グループ」や「ウィチタ・フォールズ」など、ECM時代のパットのアルバムすべてに共通することなのですが・・・。もちろんそれは、列車でも車でも自転車でも変わりはありません。陸上を移動する交通手段であれば何にだって応用可能です。以来、このアルバムは、自分にとって歯磨きセットや替えの下着のように、旅行になくてはならないアイテムのひとつになったのでした。

そんなこんなでこのアルバムとの付き合いは優に20年を超えましたが、これからも車のオートチェンジャーや、旅行鞄の片隅に、自分の居場所をしっかりと保ち続けることは間違いないでしょう。

予断ですが、当時発見した、「ファースト・サークル」以外の鉄道BGM名曲選を、勝手に発表したいと思います。

1. 東海道線上り、日没後。人ごみの少ない10時以降がベスト。東京に向かって左の窓際に座る。川崎の駅を出るときに「パット・メセニー/80/81」の「エヴリデイ(アイ・サンキュー) 」をスタート。多摩川を渡る時の鉄橋の音とアコースティックギターが見事に絡み合い、ソロが熱を帯びてゆくにしたがって風景はどんどん東京の喧騒に飲み込まれてゆく。品川を過ぎたあたりでビルの谷間から東京タワーがちらちらと垣間見える頃、車窓には様々な色のネオンが反射し、背後ではマイケル・ブレッカーが奇跡的なブローを続ける。そして消え入るような静かなエンディングのアンサンブルとともに、列車は終着駅にゆっくりと滑り込む・・・。

2. 東海道線下り、新快速のみ有効。鈍行列車不可。こちらも夜。座席は大阪方面に向かって右の窓際。茨木駅を発射時、「スティーヴライヒ」の「ミュージック・フォー・ラージ・アンサンブル」をスタート。ミニマルにゆっくりとパルスを刻む奏者達。新大阪近くになるとアンサンブルは少しずつ厚みを増してゆき、淀川を越える頃には音の厚みが最高潮に。右前方に近づいてくる大阪駅前のビル群。背中を後押しする金管楽器の悲鳴にも似た叫び・・・。

つづく

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2008年3月 1日 (土)

今日の一枚

突然ですが、ディスクトランス・スタッフが特に思い入れがある作品を、紹介してゆくコーナーを始めます。

記念すべき最初の一枚は「KEITH JARRETT TRIO / STANDARDS LIVE (キース・ジャレット・トリオ / 星影のステラ)」です。

なぜこのアルバムを取り上げたかというと、これが自分が生まれて初めて買った、「JAZZ」という音楽のレコードだったからです。このアルバムが発売されたのは昭和六一年、高校三年生のときでした。

青春真っ盛り。とにかくなんにでも好奇心が沸く時期です。新しい刺激を求めて、今までに聴いたことがない音楽が聴いてみたいと思っていた時期でした。

とりあえず情報を・・・ということで、音楽雑誌「スイング・ジャーナル」なるものを購入し、このなかで紹介されていたおすすめのLPを、とにかく買ってみようと思いました。そして、パラパラとページをめくって出てきたのがこのアルバムでした。

雑誌の表紙(確かこの号の表紙はスタンゲッツでした。)からして「別世界感」が漂うジャズの世界。中身はどこをとってもちんぷんかんぷん。その中で心に残ったジャケット数枚に白羽の矢を立て、ふるいにかけていったわけです。何枚か選んだ作品群の中から、分からないなりにそれぞれの批評を読み、最終的に所持金で購入できる二枚に絞り込みました。そして見事残った内の一枚がこの「STANDARDS LIVE 」だったわけです。

若き日の少年は、どきどきしながらお目当てのLPを学校帰りに購入し、自宅に戻るとわくわくしながら針を落とす、あの瞬間を迎えることになります。この瞬間はほんとにいいものです。CD全盛になった今、行う動作は変われど、あの、ディスクを再生装置に置き、最初の空気の振動を起こすために、針なり、スタートボタンなりを操作する一瞬は、何千何万回体験しても本当にいいものです。

かくして田舎家の一室で、その崇高なる行為は行われたのでした。新品の音盤に、レコーダ針が厳かに下ろされたのです。

レコード針が音溝をとらえるプチという音の後に、あのぞくぞくするような無音部分をトレースする、微小なハウリング・ノイズ。自然に期待に胸は高まります・・・。

そして、その直後私は驚嘆しました。

つまらない。何だコレは。

ある意味で衝撃でした。本来JAZZの基礎知識はほとんどない自分です。JAZZという音楽に持っている、漠然としたイメージとは程遠い、長くたらたらとした何ともいえないこの退屈感。恥ずかしながらJAZZ、すなわち「スヌーピーのアニメ」で流れるような軽快なやつ、といった単純な先入観のある人間には、このアルバムはあまりに饒舌でした。

回りくどく言っても仕方がありません。早い話が、ちっともいいと思えなかったのです。何がいいのかさっぱり、です。

そこで少年は考えました。

これは計算が狂ったぞ。・・・「いい音楽は、聴けばすぐいいと感じるに決まっている。」という勝手な思い込みが、単なるまやかしだったと気づかされた今、高校生にとっては貴重なのこづかい2,800円をどうやって回収するべきかは死活問題です。要は、このLPの元をどうやってとるか。それに尽きます。

結論は火を見るより明らかです。やれることはただひとつだけ。

ただ聴き続けるそれだけです。

何度も何度も、好きになるまで。自分の中で「いい買い物したな。」と思えるようになるまで。

・・・・・・・

残念なことにこのアルバムは10回聴いても、100回聴いても好きになることは当分ありませんでした。

ただ、不幸中の幸いといえば、ジャケットをいたく気に入っていたことでした。カフカの線画がポンとあしらわれているだけの、何の変哲もないといってしまえばそういえなくもないジャケットに、不思議なくらい深い愛着を持てしまいました。だからこそ、当時の私はこのアルバムを理解して、好きになりたかった。

・・・・・・・

以来、このアルバムはCDにカタチを変え、我が家のライブラリーに今も自分の居場所をしっかり確保しています。しかも、大好きな1枚として。

音楽というのは不思議なものです。これだけ第一印象の悪かった音楽が、20年以上たった今では最愛の音楽のひとつになっているのですから。このアルバムを通して、若かった私は、音楽を聴く「努力」という概念を知りました。耳に入ってくる音楽は、ただ心地よく入ってくるだけではないということを。自ら音楽を咀嚼して、理解してこそ得られる感動が、世の中にはいかに多いかを。

ディスクトランスでお客様に「何か新しい音楽を紹介してほしい」と依頼されたとき、私はお客様にこう申し上げることがあります。「1回聴いて良いと思わなくても、最低10回は我慢して聴いてみてください」と。

中には、そんな面倒くさいことはゴメンだとおっしゃる方も多くいらっしゃいますが、後日再来店してくださって、「あれは、確かに良かった。」「最初は抵抗があったけど、何回も聴いてみるうちに、だんだんはまっていった。」と喜んでくださる方もたくさんいらっしゃいます。それとは逆に何回聴いてもだめだったと、お叱りを受けることもあります。

音楽を聴くのに努力や忍耐を要するというのは変な話です。でも、当店で扱う音楽を愛してくださるお客様方には、きっと共感していただけると思っています。

その先には、とても大きな感動があることは、皆さんご存知ですから。

思えば、自分がいつ、どういういきさつでこの「STANDARDS LIVE」を好きになったのか、定かではありません。最初はこんなにつまらないと思った音楽が、どんなことがきっかけで自分の中に自然に入ってくるようになったのか、とても不思議です。でも、短くはない月日をかけて、少しずつ自分がこの音楽を理解していったのは確かです。

そして、時を同じくして、このアルバムとはまったく正反対の思い出のあるのアルバムとであうことになります。

それは・・・(つづく)

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