今日の一枚 2
先日紹介したスタンダーズのライヴと時を同じくして購入したアルバム。それが「パット・メセニー・グループ/ファースト・サークル」です。スタンダー・ライヴを聴き、大きな失望に包まれたことは先に書きましたが、すっかりそれを帳消しにしてくれたのが、同時に買ったこの偉大なアルバムです。
何といっても分かりやすく明快。白いジャケットそのままの爽やかな音楽にすぐさま魅了されました。ふと自分の歴史を振り返ってみて、現在までこれほど聞いたアルバムは他にありません。そしてこの音楽すべてが、若い日々の情景に見事に結びついているのです。
ポータブル・プレイヤーといえばウォークマンだったあの時代、高校への自転車通学の行きかえりに繰り返し繰り返し聴いたこの音楽は、懐かしい通学路の田園風景にしっかりと結びついています。さらに、このアルバムに結びついた風景は、当時青春18切符を片手に何度も普通電車で往復した岡山東京間の風景だったり、成人してからは車で往復した東名高速の風景だったり、とにかくこのアルバムは自分の思い出の場面場面と、たくさん結びついているのです。
アルバム自体のクオリティの高さもさることながら、このアルバムが教えてくれたのが、「音楽」と「風景」の類まれな邂逅です。自分がそのとき置かれていた環境や空間とそのとき聴いていた音楽が、こんなにもしっかりとリンクしてっていたという事実に少し驚きを覚えます。何年もたった後に、音楽を聞くだけで当時の光景が鮮明に甦ってくるくらい、音楽と風景や心象が強く触れ合っていたのです。
そのころ一人きりで十数時間電車に揺られること自体は決して苦ではありませんでしたが、その旅をさらに盛り上げてくれたのがこの発見でした。むしろ、音楽を聴くために旅行をするといっても過言ではありません。そして、すこし「おたく」っぽいのですが、音楽と風景の完璧な融合を求めて、長距離列車の中で様々な選曲を試みるという、めくるめく実験の日々が始まりました。
いろいろな場所に出かける前に時刻表をしっかりチェックして、ポイントになりそうな場所の通過時刻を確認します。そして、その場所に合っていそうな音楽を拾い出し、トラックの演奏時間を計算して、クライマックスを最良の風景にもってゆくように細密に計算します。それが実際の旅程でぴたっと壺にはまった瞬間の心地よさときたら、筆舌に尽くしがたいものがあります。
多くの旅の場面で、「ファースト・サークル」は恐るべき威力を発揮します。というのも、日本全国ほとんどの田園風景にぴったりマッチしてしまいますから。まさに鉄板中の鉄板。このアルバムは、田舎であればどんな場所でもことごとくその風景の一部と化してしまいます。もっともこれは、「パット・メセニー・グループ」や「ウィチタ・フォールズ」など、ECM時代のパットのアルバムすべてに共通することなのですが・・・。もちろんそれは、列車でも車でも自転車でも変わりはありません。陸上を移動する交通手段であれば何にだって応用可能です。以来、このアルバムは、自分にとって歯磨きセットや替えの下着のように、旅行になくてはならないアイテムのひとつになったのでした。
そんなこんなでこのアルバムとの付き合いは優に20年を超えましたが、これからも車のオートチェンジャーや、旅行鞄の片隅に、自分の居場所をしっかりと保ち続けることは間違いないでしょう。
予断ですが、当時発見した、「ファースト・サークル」以外の鉄道BGM名曲選を、勝手に発表したいと思います。
1. 東海道線上り、日没後。人ごみの少ない10時以降がベスト。東京に向かって左の窓際に座る。川崎の駅を出るときに「パット・メセニー/80/81」の「エヴリデイ(アイ・サンキュー) 」をスタート。多摩川を渡る時の鉄橋の音とアコースティックギターが見事に絡み合い、ソロが熱を帯びてゆくにしたがって風景はどんどん東京の喧騒に飲み込まれてゆく。品川を過ぎたあたりでビルの谷間から東京タワーがちらちらと垣間見える頃、車窓には様々な色のネオンが反射し、背後ではマイケル・ブレッカーが奇跡的なブローを続ける。そして消え入るような静かなエンディングのアンサンブルとともに、列車は終着駅にゆっくりと滑り込む・・・。
2. 東海道線下り、新快速のみ有効。鈍行列車不可。こちらも夜。座席は大阪方面に向かって右の窓際。茨木駅を発射時、「スティーヴライヒ」の「ミュージック・フォー・ラージ・アンサンブル」をスタート。ミニマルにゆっくりとパルスを刻む奏者達。新大阪近くになるとアンサンブルは少しずつ厚みを増してゆき、淀川を越える頃には音の厚みが最高潮に。右前方に近づいてくる大阪駅前のビル群。背中を後押しする金管楽器の悲鳴にも似た叫び・・・。
つづく
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

